お金は世界中のだれにとっても大切なもの。でも、その使い方や増やし方の教育は、国によって違いがあります。お金の使い方で、経済成長を支えるという世界的な潮流を受け、日本のマネー教育は「貯める」から「運用する」へシフトしつつあります。そんな、マネー教育の最前線について、株式会社東京証券取引所 で投資教育に携わる 森元憲介さん に解説していただきました。
森元 憲介さん
株式会社東京証券取引所(兼)株式会社大阪取引所
金融リテラシーサポート部・課長
JPXアカデミー専任講師
ラジオNIKKEI新規ビジネスグループ・マネージャー
連載1 どう変わる?日本のマネー教育
先生、「資産形成」って何ですか?
~既に始まっていた「金融リテラシー」教育~
高校生から「投資」を勉強?
2022年度から、高校の家庭科の授業で「資産形成」の内容が必修化されます。文部科学省が公表している「高等学校学習指導要領」が変わり、さまざまな金融商品への理解を含め、より積極的に経済の計画が立てられるように指導するよう改訂されたことによるものです。この動きは、新聞やテレビ等のニュースでも幅広く報道され、「本格的なマネー教育」がわが国でも導入されることへの期待が高まっています。また、「これまで金融経済教育を受けてこなかった」と話す世代でも、「今からでも投資について考えてみたい」と、リカレント教育(社会人の学び直し)へのニーズが高まっているようです。
しかし先日、あるテレビ番組のコメンテーターが「高校生のうちから投資を勉強するよりも、もっと他にやることがあるのでは」といった旨の発言をされていたのを耳にしました。また、「家庭科という科目のなかで高校生が「投資信託」を学習する」という「資産形成」にかかる部分的な解説も見られます。さらには、「そもそも、家庭科の教師本文が生徒に教えるべき内容を理解できていないのでは?」といった懐疑的な見方をするコラムなども見られます。そこで、今般、この『高校での「資産形成」授業始動』にかかる経緯について、再確認してみたいと思います。
「金融リテラシー」は教わっていた?
2014年6月に閣議決定された政府の「日本再興戦略」では、「豊富な家計資産が成長マネーに向かう循環の確立」が掲げられ、金融経済教育の充実について触れられていました。しかし、それ以前にも、2008 年から 2009 年にかけて行われた中学校・高等学校の学習指導要領の改訂で、金融の仕組みや働きに関する内容が拡充されていましたが、「生きる力」として金融についての意義・役割を理解し、自分自身の将来を見すえ、金融に関する的確な意思決定や主体的な行動を支える「金融リテラシー」の向上が「国際的に重要な課題」とされていたこともあり、2011年度からの小学校にはじまり、2012年度から中学校と、順次「消費者教育・金融経済教育」が全面実施となってきました。
世界的にも、2012年に「金融リテラシー」の注目度が一気に高まります。OECD(経済協力開発機構)が進めているPISA(生徒の学習到達度調査)で、従来の「読解力」、「数学的リテラシー」、「科学的リテラシー」の3分野とともに重要な資質・能力として「金融リテラシー」が位置付けられたことや、同年メキシコで開催されたG20 ロスカボス・サミットでは、その首脳宣言において「各国が戦略的かつ計画的に国民各層への金融教育に取り組むことの重要性」が強調されていたのです。
具体的に記載された「金融商品」とは?
金融に関する健全な意思決定を行い、究極的には金融面での個人の良い暮らし(well‐being)を達成するために必要な金融に関する意識、知識、技術、態度及び行動の総体が「金融リテラシー」と定義され、10年が経過しようとしています。このような「金融リテラシー」充実に向けた世界的潮流のなか、いよいよスタートする高校家庭科での「資産形成」授業ですが、これまで見てきたように、既にわが国だけでなく、世界的にも「金融リテラシー」の充実という観点から見ると、その幕は、既に切って落とされていたということになります。
それでは、何故、今回の高等学校における新しい学習指導要領の変更点がクローズアップされるようになったのでしょうか。それは、これまで指導要領に記載されていた金融商品が、より充実されていることが一因と考えられます。従来の学習指導要領解説(家庭編)から変更された金融商品を見ると、これまでも記載があった「ローン、クレジット、貯蓄、保険、株式」から、「預貯金、民間保険、株式、債券、投資信託」という拡充が見られます。さらには、従来、「基本的な金融商品などにも触れる」という内容で止まっていたものが、その拡充された「金融商品の特徴(メリット、デメリット)、資産形成の視点にも触れながら、生涯を見通した経済計画の重要性について理解できるようにする」と拡充されています。
不確実性が高まる世界経済のなか、私たちの働き方や暮らしに大きな変化が生じています。ライフステージごとに必要となる費用や、生涯収支への関心は、高校生の課題に限ったことではありません。今回の教育内容拡充をキッカケに、家庭内でも「先生役」として、また「既に経験している大人」としての保護者の役割も重要になりそうです。「先生、「資産形成」って、なんですか?」と、子どもたちから問われた時、さて、あなたはどう答えますか?
1 内閣府(2014年6月)「日本再興戦略」改訂2014―未来への挑戦―
2 金融経済教育を推進する研究会・第一期活動報告(事務局・日本証券業協会)
3 文部科学省「文部科学省における金融経済教育の取組について」(2014年11月)
4 OECFウェブサイト(https://www.oecd.org/pisa/keyfindings/pisa-2012-results-volume-vi.htm)
5 OECD 金融教育に関する国際ネットワーク(INFE)「金融教育のための国家戦略に関するハイレベル原 則」(2012年6月)
【著者】森元 憲介(もりもと・けんすけ) 株式会社東京証券取引所(兼)株式会社大阪取引所 金融リテラシーサポート部・課長、JPXアカデミー専任講師 ラジオNIKKEI(株式会社日経ラジオ社)新規ビジネスグループ・マネージャー
【経歴】1971年、北海道函館市出身。中央大学法学部・政治学科卒業後、都市銀行や金融専門紙記者を経て、2002年から証券市場の企画・運営業務に従事。新興市場やデリバティブ、FXなど多くの金融商 品の企画立案に携わる。証券取引所の金融経済教育活動として、全国の大学等で業界研究・会社研究の講義を行う他、社 会人向け「投資教育」(JPXアカデミー)の専任講師(兼事務局)を務める。また、全国のNPOや地 方公共団体等と連携した「起業教育」(JPX起業体験プログラム)も展開。ラジオ局の「投資未経験 者層向け」番組企画・プロデュースも兼務する。共著に『ファンドマネジメントの新しい展開』(東 京書籍)、『アジア証券市場とグローバル金融危機』(金融財政事情研究会)、『起業に向けての 「心」「技」「体」―イノベーティブな生き方へのステップ』(泉文堂)など。
東京証券取引所では、金融資産の効率的な運用で次世代の経済成長を促す一助とするため、金融経済リテラシー教育に力を入れています。
◎初心者向け「東証マネ部」
資産形成について楽しく学べます
◎小学生~大学生向け「なるほど!東証経済教室」
幅広い世代に使える金融経済教育ツール
◎世代を問わず、より深く学びたい方向け「JPXアカデミー」(オンライン講座)
金融商品の解説、マクロ経済動向や最新の経済動向など、資産を管理・運用する際に必要とされる金融経済に関する知識や情報を提供。現在は、オンライン講座を展開。イベント動画(YouTube)も。
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「もしも、あの時、この株式に投資していたら」という体験シミュレーション・ゲーム。現在までの株価をもとに、「一括で投資した場合」と「積み立てで投資した場合」、それぞれの運用結果を表示します。