世界に追いつけ!日本のマネー教育(連載その3・最終回)

株式会社東京証券取引所で投資教育に携わる 森元憲介さん が解説する日本のマネ―教育最前線。3回連載の最後は、「Re:スタート!日本のマネー教育」をテーマに解説していただきました。

森元憲介さん森元 憲介さん

株式会社東京証券取引所(兼)株式会社大阪取引所
金融リテラシーサポート部・課長
JPXアカデミー専任講師
ラジオNIKKEI新規ビジネスグループ・マネージャー

連載その1 どう変わる?日本のマネー教育 
連載その2 比べてみました!日米マネー教育
連載その3 Re:スタート!日本のマネー教育

金融界も「金融経済教育」で歴史的合意

Re:スタート!日本のマネー教育

~「貯める」より「増やす」へ~

銀行界と証券界が金融教育で「タッグ」!

2021年12月27日、わが国の銀行からなる全国銀行協会と、主に証券会社の業界団体である日本証券業協会が、それまでの長い歴史のなかでも初めてとなる「極めてエポックメーキング」な“合意”を行いました。金融経済教育の推進および子どもや若者の貧困対策の取り組みに関して連携・協力するという両協会の「覚書」を締結[1]したのです。

握手
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具体的には、銀行界・証券界双方の人的・物的・知的資源がタッグを組み、学校向けや社会人向けの幅広い世代に対する各種セミナーに講師を派遣するというもの。「金融リテラシーの向上」および「子どもや若者の貧困問題」という社会課題の解決に貢献していくことを目的としています。

かつて「銀証戦争」と例えられ、業務の取り扱いを巡る論争を繰り広げてきた銀行界と証券界が、超高齢社会を迎えた中、多様化するライフプランに応じた生活資金の確保に向け、個々人が安定的な貯蓄や資産形成に取り組むために“同じ船”に乗り、若いうちから「生活スキル」としての金融リテラシーを向上させていくゴールに向かって漕ぎ出したのです。

この「歴史的」な動きの背景は?

銀行も証券も同じ「金融機関」ですが、その業務には「壁」が存在します。これを「ファイアーウォール(Firewall:防火壁)」と言いますが、銀行と証券には、その業務間の交流を意図的に遮断することが法令[2]で定められているのです。例えば、銀行が融資する条件として、不当に金融商品を抱き合わせ販売することにより、顧客の利益を害さないようにするためのものが挙げられます。その一方で、金融・資本市場の国際化や自由化の流れが加速し、銀行による国債や社債などの取り扱いや証券子会社での業務参入など「証券業務に近づく銀行」と「証券による銀行類似業務への展開」がなされ、その攻防が「戦争」に例えられていた時代もありました。

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その両者がタッグを組むことになった背景には、子どもや若者の貧困問題が挙げられます。わが国では7人に1人の子どもが「相対的貧困状態」にあると言われており、これは、OECD平均よりも高い水準。子どもや若者の貧困問題の放置すれば、将来的に大きな社会的損失になると危惧されており、その損失額は40兆円を超えるという推計[3]も。金融界が一つになり、若年層への金融経済教育を推進することで、この問題解決の糸口とするため「歴史的」な連携が生まれたようです。

「貯蓄推進」から「金融経済」への経緯

わが国のマネー教育の歴史を少し振り返ってみましょう。戦後発生した激しいインフレを抑制するため、政府の通貨安定対策本部を中心に「救国貯蓄運動」が推進(1946年)され、1950年には「都道府県貯蓄推進委員会」が相次いで発足しました。さらに、1952年に設立された「貯蓄増強中央委員会」により国民へ貯蓄が奨励[4]。50~60年代にかけは、貯蓄実践地区や貯蓄推進員などが相次いで制度化されたのを経て、1973年に「金銭教育研究校」制度が創設。以降、高等学校、中学校、小学校において物やお金に対する健全な価値観の養成はもとより、金融・経済に関する正しい知識の習得に力点をおく教育がなされてきました[5]

その後、貯蓄増強中央委員会は、「貯蓄広報中央委員会」(1988年)、「金融広報中央委員会」(2001年)へと名称を変更。ペイオフが解禁拡大(本格実施)[6]となった2005年を「金融教育元年」とし、それ以降、学校における金融教育の推進に重点を置いた活動を展開していきました。2007年には発行した『金融教育プログラム-社会の中で生きる力を育む授業とは-』[7]は、現在でも、金融教育の体系書として全国の学校で活用されています。

利率からはじめる「金融リテラシー」
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米国では州や学校によって多様な金融教育が行なわれています。民間企業や団体による金融教育支援も活発に行われていますが、その多くが米国経済教育協議会による「K-12」という[8]『パーソナル・ファイナンス教育』に準拠しています。特に、NPO法人ジャンプスタート[9]が提供する金融教育のフレームワークを導入する学校では、10歳頃までには投資をする理由や単利・複利について学びます。

一方、英国では2002年から中等教育段階[10]での『シチズンシップ』が必修科目となり、市民として生きていくための基礎の一つとして「金融経済」が含まれています。2014年に公表された全国共通の教育課程である新ナショナル・カリキュラム[11]では、数学でも金融教育を取り上げることが示され、利率の計算を行っています。また、NPO法人ヤング・エンタープライズ・アンド・ヤング・マネー[12]が作成したテキストが学校で採用され、16歳までに複利計算や退職後に必要なお金について学びます。

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お金とモノを交換する「実物経済」に対して、銀行に預金したり、株式をはじめとした金融商品を売買したりするなど、モノを介さずにお金だけが動く経済活動のことを「金融経済」と言いますが、私たちの社会における全ての経済活動をみた場合、その規模は「実物経済」よりも「金融経済」の方が大きく、欧米諸国のように、若年層からの教育により利率の計算を身に付けることは、賢く資産形成するための金融リテラシーの第一歩と言えるでしょう。

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アインシュタインが「人類最大の発明」と評した「複利」の力は、利子が利子を生むことで元本は加速度的に増えます。この複利効果を運用に使うか、負債に使うかで、全く逆の影響が生じることに疑いを持つ方はいないと思います。律令時代以前から、日本では稲などの利付き貸付制度である「出挙(すいこ)」が利用されていました。古代の人々だけでなく、戦前においても「壮丁教育調査」[13]で、算術の設問に次のような「複利計算」が出題されています。

問題 三分五厘(3.5%)利付国債の発行高が、1年に60億円であったとすれば、1年の支払高はいくらになるか[14]

皆さん、計算の準備は出来ましたか?

[1] 金融経済教育の推進および子どもや若者の貧困対策に関する合意(MOU 締結)について
[2] 金融商品取引法や金融商品取引業等に関する内閣府令等による規制等による規制
[3] 参考文献:日本財団子どもの貧困対策チーム『徹底調査子供の貧困が日本を滅ぼす 社会的損失40兆円の衝撃』(文春新書)2016
[4] 貯蓄増強中央委員会では当時の川崎市民の様子を映像で記録している。映像参照はこちら
[5] 東京都金融広報委員会「知るぽると」
[6] ペイオフ解禁拡大とは(金融庁
[7] 2016年2月に全面改訂版を発行
[8] Kindergarten(幼稚園児)から12年生(高等学校最終学年)までの教育スタンダード
[9] https://www.jumpstart.org/
[10] 第7~11学年(11~16歳)
[11] https://www.gov.uk/government/publications/national-curriculum-in-england-citizenship-programmes-of-study
[12] https://www.young-enterprise.org.uk/
[13] 徴兵検査に付随して行なわれた満20歳男性を対象とする学力試験
[14] 参考文献:横山和輝『マーケット進化論 経済が解き明かす日本の歴史』(日本評論社)2016

eduJUMP! 編集部
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