連載4: ゼロから分かる国際バカロレア

6.国際バカロレアの日本での課題とまとめ

 

ここまでIB教育の概要と日本におけるIBを取り巻く動きを紹介してきた。IB教育が日本の教育を塗り替えることは考えずらいが、数%でも日本人の生徒がIBに触れることは、日本のグローバル人材育成に資する、とご理解頂けたと思う。

 

しかしIBが提供する教育もまだ完全ではなく、幾つか気になる点があることも指摘しておきたい。

 

第1に、その成り立ち柄、現時点ではどちらかというと西欧的な色合いの濃いプログラムであるということだ。この点、もう一つの国際カリキュラムの雄であるケンブリッジ国際でも、英国カリキュラムを下敷きにしていることもあり、同様の傾向がある。

 

DPにおける母国語を重視した科目の存在に例を取るように、IBの重要な価値観の一つに、生徒の国の言語や価値観を重視した教育、というのは確かに存在する。しかしIBがカリキュラム内で提示する参考文献の種類を例にとっても、西欧以外のものはまだ一部である。

 

しかしこのことは真にグローバルな教育体系を志向するIBの中でも認識している人はいるようで、今後徐々に改善が進むだろう。

 

第2に、既にふれた通り、特にPYPやMYPはIBはカリキュラムを提供しておらずフレームワークの提供に留まるので、これらをIBの意図通りに創発的に生かした学校では良い教育が行われるが、学校サイドでの「良いカリキュラム」の開発にはそれなりの時間がかかる、ということがある。

 

第3に、科目別ではない科目横断型・テーマ型を重視するPYPにおいては、提供する学校側だけでなく、カリキュラムを選択する保護者も、しっかりとしたIBへの理解が必要である。探究型学習のIB教育を選択したならば、高校までIBで行くことが、子どもにとっても望ましい。

 

この点、良い悪いは別として、基本的には教科別となっており、テキストが存在するケンブリッジ国際は、日本人保護者にとっては分かりやすい、保護者としてサポートしやすい、という点はあろう。

 

第4に、日本特有の課題として、今後急速に日本語DPが普及したとして、中学校までを日本の典型的な教育で過ごした生徒がいきなり探究型学習をできるのか(関連して、教員は探究型学習を指導できるのか)という疑問が残る。その対応として、高校1年生時の1年間の準備プログラムの設置や、小中高一貫校であれば、下のレベルから授業やカリキュラムにIB的な要素を取り入れるといったことが必要となるだろう。

 

最後に、日本の今までの教育とIB教育を比較しながら本稿のまとめとしたい。

 

  • いわゆる偏差値教育の対極にある教育体系である

 

IB教育が、記憶量と入試合否が相関するいわゆる偏差値教育とは対極をなすものということはすでにお分かり頂けたと思う。この偏差値教育の弊害は至る所で言われるが、大前研一の以下を引用したい。

 

「偏差値教育の最大の問題点は、それがあたかも人間の能力や価値を規定しているかのような錯覚を与えることです。偏差値教育の結果、日本の多 くの若者は、身の丈に合った夢しか見られなくなり、手の届く可能性にしかチャレンジしなくなりました。これでは、かつてその名を世界中に轟かせた松下幸之助(松下電器(現パナソニック)創業者)、本田宗一郎(ホンダ創業者)といった世界に通用する人材は日本から育たないでしょう。彼らがなぜ世界に通用することができたのか、それは彼らが偏差値のない時代に育ち、自分の能力には限界がないと思えたことが大きいのです。」

(BBT大学ホームページ 大前研一学長挨拶より)

 

偏差値教育は、過去においては有用な面もあったかもしれないが以下の問題がある。

 

・序列化されることにより、自己実現意欲と肯定感が減る

・記憶偏重により、答えのない状況で答えを見つける力や、議論・作文・プレゼン等のアウトプット力が弱くなる

 

特にこの2番目は、グローバル人材・異能人材を生み出すうえでは大きな問題となる。

 

2)全人教育アプローチである

 

全人的教育とは幅広い視野と豊かな人間性を有する人物を育成するものであると先に述べた。もちろん日本の学校教育でもこの側面は重視していると思うが、IB教育においては以下3つの具体的な特徴がある。

 

まず第1に、DPプログラムでは日本では典型的な文系理系の強調が少ない。SL(Standard Level、1科目あたり150時間)、HL(Higher Level、1科目あたり240時間)といった強弱はあるが、歴史・地理といった社会科学系、数学・物理といった自然科学系の両方ともに、高校3年の最後までしっかり学ぶ必要がある。

 

つまり、文系でも理系を、理系の子でも文系を、しっかり学ぶ必要がある。

 

第2に、CAS科目に見られるように、社会への貢献という要素を非常に重視している。第3に、芸術も2年間を通じて学ぶ項目として6グループ群の1つを構成している。日本では音楽・美術といった芸術系の科目は大学試験に関係ないことが多く、高校3年生までやり続けることは少ないだろう。

 

この2つの点は、全9分野を学ばなければいけない点で、生徒によっては大学受験の負担が大きいと感じる可能性がある。

 

3)燃え尽きない、アクティブな学びに対する態度

 

皆さんの中には大学受験合格後、ある意味学びに対しては燃え尽きてしまい、大学ではサークルやスポーツ、バイトに費やしたという経験はないだろうか。受験勉強は自らの問題意識と興味に基づいた学びではなく、脳への強制的な知の注入であったのであれば、その反動はある意味当たり前といえよう。

 

一方でIBの学びは、一生涯学び続けるLife-time learnerを生み出すプログラムともいえる。実際、社会に出てからわかることは、社会人になっても自己の実現のためには学び続けなければならない、ということである。

 

同様に、科目別アプローチをとり教科書が存在するケンブリッジ国際でも、テキストの作りそのものが、記憶中心というよりアクティブラーニングアプローチであるため、生徒の学びに対する燃え尽き症候群リスクが少ない傾向がみられる。

 

いずれも、日本でもなじみがまだ薄い、「ライフロングラーナー(生涯学び続ける人)」という価値観を強調していることにも関係すると思われる。

 

学びに対する能動的な態度が備わっていること、そして自己実現のためにのどのようなアプローチで学ぶべきかを体得していること、これらは国際教育に触れた生徒の、その後の長い人生の財産となるだろう。

 

以上3点を指摘した。さて日本は大学全入時代になったとはいえ、一流大学への入学は今後も容易ではなく、引き続き子どもたちはかなりの時間を受験勉強に費やすことになるだろう。

 

しかし、同じ時間を大量の知識を詰め込むことに費やすか、アクティブラーニング・アプローチでの教育に費やすかでは、その後の人生に与える影響は大きく違ってくるだろう。

 

筆者の手元には、日本の小学校の教科書もあり、今回の学習指導要領変更による教科書の変化には、数十年前に小学生として学んだ者としては、目を見張るものがある。

 

模範とする答えがますます見えず自ら創り出すことが求められる21世紀を生きる日本にとって、国際教育の良いところを今後も日本が上手く取り入れることは、意義があるものと思う。

 

参考文献:

国際バカロレアホームページ 

文部科学省IB教育推進コンソーシアムホームページ 

 

ムサシインター 宇野令一郎
ムサシインター 宇野令一郎
慶應大学卒業後、東京銀行に勤務。その後、カナダMcGill大学経営大学院MBAを取得。帰国後、大学設置事務局長を務める。東京のケンブリッジ国際認定校及び国際バカロレア認定校のインターナショナルスクールを経営。熊本大学大学院の教授システム学の講師も務める。
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