ホーム教育トレンド国際教育僕とあなたと学校と-オルタナティブスクールからの提言③

僕とあなたと学校と-オルタナティブスクールからの提言③

教育界の新たな潮流であるオルタナティブスクール。画一的な教育ではなく、生徒一人一人の探求心に基づいて自律的・主体的な学びを尊重する教育スタイルは、多様性への理解が深まるとともに存在感を増してきました。私立校の教員として日本語版インターナショナルバカロレア校を立ち上げ、ICT教育の推進にも一役買ってきた五木田洋平さんが、オルタナティブスクール界へ転身したのは2021年のこと。両極ともいえる教育スタイルを熟知する五木田さんだからこそ見える、日本の教育制度の課題、オルタナティブスクールの可能性とは-。本連載は、2022年8月に行われた埼玉大学教育学部での講義内容を中心に、五木田さんの言葉でつづるコラムとしてお届けします。


五木田氏五木田洋平(ごきた・ようへい)氏
10年間私立小学校の教員として勤務し、2022年に開校したオルタナティブスクール・HILLOCK初等部の設立から参画、現在に至る。ICTを用いながら学習者同士の気付きを促す学びの場を構築する活動を行っている。また、シンガポール日本人学校の研修講師や、大学の特別講座の担当、勉強会の企画運営も行うなど幅広く活動している。HPはこちら。2022年2月、初の単著「ICT主任の仕事術 仕事を最適化し、学びを深めるコツ」を刊行。


<連載>僕とあなたと学校と③

三つの「ある」がつくりだす豊かさ

今連載の第一回目に、三つの「ない」が引き起こす貧しさという話をしました。 

ご参考:僕とあなたと学校と-オルタナティブスクールからの提言①

では、「豊かな場」はどのような場のことなのでしょう。

今回は僕の思う「豊かな場」の答えの一つとして、2022年4月に立ち上げたヒロック初等部というオルタナティブスクールを紹介します。ヒロック初等部以外のスクールが、豊かなスクールではないと言いたいわけではありません。僕たちが公教育への一つの答えとしてつくったヒロック初等部を一つの例にして、豊かなスクールが増えてくれれば嬉しいです。

オルタナティブスクール『ヒロック初等部』って?

簡単にヒロック初等部の概要をお伝えします。ヒロック初等部は子どもが主役で子どもの成長を大人が支えるスクールです。現在、スクールに在籍する子どもは小学1年生から3年生の計21名。来年度には新1年生が9名入ってくる予定です。一人ひとりを細かくサポートするために少人数制の学校になっています。自由進度学習とテーマ学習、マイプロジェクトを軸に活動を行っています。(ホームページはこちら

一日の流れはこのようなイメージです。

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image上記の時間割は暫定的なもので、ゲストティーチャーが来てくれる日もあれば、自由の時間を使って課外活動することも多いです。今年度はすでに近隣の公園や図書館を始め、博物館や水族館、登山や里山、海などに行きました。(詳しくはこちら

今回のコラムでは、活動の軸の一つである「マイプロジェクト」を例に『三つ”ある”』がどのような形で表現されているかをお伝えします。

マイプロジェクトとは、興味をもって自分で選んだ内容をとことん深く、探求していくという学びです。

例➀ 昔の電車を再現
電車好きの子は昔の電車(目蒲線)を再現するため塗料を塗りました。
『塗りたくない部分はマスキングテープを貼る』という方法も活動中に知りました。
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例② おもてなしお菓子作り
友達に振る舞うお菓子を調べ、つくるプロジェクトをしています。
こちらもマイプロジェクトの時間中につくり、みんなに食べてもらいました。
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例③ 石の中身を知る
石の中身を知りたいのでタガネを使って石を割るプロジェクトをしています。
もともと化石を掘ってみたい、というところからプロジェクトが始まりました。

自分のやってみたいことを「プロジェクト」とし、活動するのがマイプロジェクトの時間です。工作をしたり、料理をしたり、実験をしたり、プログラミングをしたり、運動をしたり…多岐にわたります。ここには自分の好きなことをやる「権利」があるのです

成長を促す「マイプロジェクト」

子どもたちがマイプロジェクトを通じて成長していく過程を、覗いてみましょう。

ある子はキャンプでカレーを作りたい、という想いがあり、「自分でカレーを作るマイプロジェクト」が始まりました。

<6月14日>
インターネットや本を使い、自分で調べたことをまとめました。

<6月21日> 
タイピングに慣れていない時期だったので、誤字もありますが、徐々に慣れていきました。

この後、実際に家でカレーを作ってみました。その中で、野菜から「アク」がでることを知り、次は「アク」を調べるプロジェクトがまりました。

<9月27日>
野菜毎に「アク」の様子を調べたり、「アク」の写真を撮ることに成功しました。

<12月2日>
次に、火を使って煮る、という方法に興味を持ち、今は染め物のプロジェクトを進めています。

 

一つのプロジェクトをずっと続ける「選択肢」も、授業ごとにプロジェクトの内容を変える「選択肢」もあります。また、上記のようにプロジェクトを続ける中で別のプロジェクトを思いつく子もいれば、ある子は「アニメの絵を上手に書けるようになる」というプロジェクトがひと段落したら「目玉焼きを上手に焼けるようになる」というプロジェクトにした子もいます。このようなことも、子どもたちに権利や選択肢があるからできると考えています。

そうしてできることが増えたり(向上)、新しいことを知ったり、作ったり(発見・創造)、誰かのためになれる自分がいたり(貢献)、こういうことを通じて「自信」を育んでいけるのではないでしょうか。

大切なことは、権利を使ったり、好きなことを選択したり、自信がつくことで「できることが増える」=成長が促されることです。成長が促されるとより多くのチャレンジができます。そうやって多くのチャレンジを通じて自分を育んでいく、そんな成長のサイクルにのることをサポートするのが本来の学校の役目ではないでしょうか。

ヒロックってどんな場所?-子ども・保護者・来訪者から見たヒロック-

ヒロックが、どの様な場所を提供できているのかを確かめるため、Co-learner(児童)やその保護者、ヒロックを見学してくださった方に「ヒロックって、どんなスクールですか?」という問いを投げかけたことがあります。その際に帰ってきた答えは以下のようなものでした。

 Co-learnerの声 

ヒロックって、幸せになるための学びの場、幸せになるために行く場所。だから仲間が必要なんだよ。(1年生男子)

自信がつくとできることがレベルアップする。だからヒロックで自信をレベルアップさせたい。自分で買い物に行く時も自信がなかったらお金を持っていても物が買えない。困っちゃう。(1年生女子)

ヒロックで一番大切なことは失敗すること。失敗すると次にどうするかを考えられるから。
(3年生男子)

 

 保護者の声 

ヒロックはどんなスクールか…いっぱいイメージが出てきて一言で言えません。日々を通じて成長しているのはもちろん、憩いの場でもあるし、癒しの場でもあります。いろいろな人が関わっているスクールだから出会いや刺激を受ける場ともいえます。親自身、子どもにプレッシャーを与えてしまった時がありました。本人は安心安全を求めている子だけど、ヒロックでは仲間がいるから安心してのびのび過ごせているようです。家で「苦手なことも仲間がいるから頑張れることがある」と言ったことがあってとても印象深かったです。仲間という言葉は家で頻繁に出てきています。少人数制ということも合って、ヒロックのメンバー一人ひとりの性格や得意なこと、苦手なことを理解している感じがします。ぶつかることもあるし、失敗することがあっても、咎めないのはお互いの理解をしているからでしょう。自分自身も挑戦した時に褒めてもらえたり、仲間から拍手をもらえたりしました。支えてもらっているから自信がついたんだろうなと感じています。(一年生男子保護者)

 

 来校者の声 

「やりたい」に素直に行動している人は輝いている。HILLOCKの子どもたちを1日見て浮かぶ言葉はこれでした。興味関心のあることだけでなく、教科学習にも目を輝かせて、一人一人異なる方法で臨む姿に感心しました。空間やツールを手渡して終わりではなく、子どもが学びに向かえるための手立てや工夫がその背景にあるのだろうと推察します。これからのさらなる進化が楽しみです。(武田 勝人さん(元小学校教員))

 

おわりに

ヒロック初等部は開校して8ヵ月が過ぎました。コロナ禍の状況で募集が成功するかどうかの不安も ありましたし、いい形で子どもが主体の学校にできるかも不安がありました。現在は多くのご家庭に見守られながら子どもを支えることができています。また、社会的な認知も一年前に比べて高まっていることを感じます。

しかし、同時に課題があることも事実です。これらの課題はヒロック初等部だけでなく、オルタナティブスクール全般の課題だとも感じています。

僕は日本が豊かな国であって欲しいと思います。子どもも大人も豊かな環境にいて欲しいです。そういう意味ではヒロック初等部を広めたい、ということより、多様な教育の場はつくることができる、という事が広がっていってほしいと願っています。

この連載がその一助となれば幸いです。

(連載④へ続く)

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写真・資料:五木田氏提供

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