2022年4月、茨城県立水海道第一高等学校・付属中学校の副校長に就任した福田崇さん。本業は、電通のクリエーティブ・ディレクターという異色の民間人副校長です。そんな福田さんの学校教育現場での奮闘をつづるこの連載コラム。今回は、【番外編】として大学生からのインタビューに応えました。取材したのは、武蔵野大学アントプレーナーシップ学部2年生の重久紀香さん。起業家精神を養い、社会を創造することを学ぶ学生が、新たな価値を見出し続ける福田さんの挑戦に迫ります。
福田 崇さん
株式会社電通 クリエーティブ・ディレクター。2022年4月茨城県立水海道第一高等学校・附属中学校副校長に就任(電通より出向)。『教育ガラガラポンプロジェクト』代表。カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル2015審査員。
重久紀香さん(eduJUMP!編集部インターン)
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部2年生。同学部の広報活動に取り組むほか、大学生のキャリアを支援する「合同会社VEL」を共同運営。卒業後の進路として広告業界、教育業界に興味を持つ。
広告界から教育界へ!民間人副校長が挑む
“スーパークリエーティブハイスクール”への道
民間人校長・副校長制度をご存じでしょうか?社会の変化に対応できる学校づくりを目指し、2000年に学校教育法施行規則が改正され誕生した制度です。教職員免許状を持っていなくても、経験、リーダーシップ、人脈やアイディアなどを持ち合わせた人材を募集。公募・推薦により任期付きの校長・副校長として選出します。この4月、同制度のもと茨城県立水海道第一高等学校・附属中学校の副校長に就任したのが福田崇さん。電通のクリエーティブ・ディレクターとして活躍している福田さんに、なぜ副校長の道を選んだのか、これまでの経験がどのように教育現場に活かせるのか、福田さんの目に映る今の教育現場などについてお話を伺いました。
教育は、未来に合わせて変化し続けなければならない!
「企業」と「教育」の新しい関係づくりを模索
-今回の茨城県の公募には、募集人数4名に対し1,500人以上の応募があったそうですが、なぜ、教育の現場に携わろうと思ったのですか?
まず、日本の教育が大きく変わろうとしている。
画一的な勉強だけじゃない未来に通用する学びがこれからは必要になる、という兆しを感じて2019年『教育ガラガラポンプロジェクト』を立ち上げました。メンバーに恵まれ、教育業界の“すごい先生”たちと教育の未来について語ることができましたが、僕自身は、教育現場を経験したことがありませんでした。一度、この目で現場を見なくてはと思っていた時に、茨城県の公募を見つけたのがきっかけです。
また、出向という立場で就任できるよう勤務先の理解を得らえたことも大きかったです。民間人校長・副校長としての役割を考えた時、会社を辞め、生活や老後といった将来への不安を抱えている状態だとチャレンジに集中できないと思いました。出向という形でOKを出してくれたことは、心強かったです。
その一方で、電通からしたら「僕という社員を茨城県に投資している」ということになります。僕という社員を通じて人脈や知恵、ノウハウなど電通で培った“資源”を教育の現場に還元するという未来づくりが電通としてのミッションでもあり、僕はそれも背負って活動しているわけです。
僕個人としては、今回の挑戦が「企業」と「教育」が新しい関係を築くきっかけになればいいと考えています。例えば、モノづくりの企業がこれからの産業を支える若者を育てるべく、教育の現場に出向する‐‐こんな関係は、もっとたくさんの教育現場に、いろいろな業種で実現していい。僕のような出向という立場で、教育とは別のミッションを合わせ持った人が現場に入れば、学校教育は変わりやすいのかなと思っています。
必要なのは「自ら湧き出るエネルギー」
“真面目ないい子”に拾ってほしい刺激のヒント
-水海道第一高校を選んだ理由はありますか?
赴任先は 「超進学校はやめてください」と希望しました。僕は開成高校出身なので、できる子たちは放っておくのが一番とよく知っています。
一方、そこまで十分に自信の持てない子たちは、 これからの未来で、主体的な気持ちをエンジンにできないのではないか、ともすれば、都合よく利用されてしまうのではないか、と危惧しています。
彼らは、 勉強、 部活、 行事など学校から課せられたものは、 卒がなく、 まじめに、 丁寧にこなす能力を持っています。大人から見れば、‘‘いい子たち”だけれど、 『自分から湧き出るエネルギー』が残っていない。
そんな彼らに新たな刺激を与えることで、 それを拾ってくれれば、 反応と変化があると思ったのです。 まさに、 『土の中で眠っている種の顔を出させる』のが今の僕の仕事です。
▽ 生徒さんが中心となって作り上げた学校紹介動画も話題に。
-もし福田さんが授業を持つならどんな授業をしたいですか?
『この学校が話題になったら単位がもらえる』という広報宣伝の授業ですね。パンフレット、ある時はプロモーションビデオ、他には生徒が学校説明会を企画したり、文化祭をもっと盛り上げたりとか。学校が外からどう見られたら素敵かを生徒自身が考えられたら面白いと思います。
現状は、広報活動は先生たちが全部やっています。それを学びとして生徒が興味を持って主体的にやり始めるような仕組みをつくりたいです。
見えてきた学校の課題
先生にも“人脈”と“多くの選択肢”を
-教育界に抱いた疑問点はありますか
とにかく紙とハンコが多いこと。民間企業は、なるべく効率よく仕事をするために必死にデジタル化を進めていますので、僕からしたら不思議です。でも、何かあったときに責任の所在を明確にするために根付いたものだから、根本的な改革には時間がかかると思います。
もう1つは、先生同士が団体戦ではなく個人戦のようになっていることです。先日、内々に学期毎に各教科で面白いこと新しいことをした先生を褒めたいと提案しました。先生たちは各科目のプロだから、それぞれの良いところを共有して、反映しあえたらいいと。しかし、『自分のことを自慢しているようで恥ずかしがると思うよ』と返ってきました。でも、ナレッジ共有しない文化は、組織としてはよくないです。学校という枠組みの中で“個人戦”を繰り広げるのではなく、お互いの良いところを共有して学校という組織全体を強くする‐‐これが、学校全体の成長へとつながると思うのです。
-先生たちとの関係で苦労することはありましたか??
着任する前は、先生たちとの関係作りが最初の難関かなと思っていましたが、結局は人柄だと思いました。僕は、クリエーティブ・ディレクターという奇抜なイメージとは異なり、比較的とっつきやすい人間だと自己分析しています。ただ、ラフに話しかけるのは苦手なので、まずはメールで自分のことを詳しく伝え、敵ではないことを理解してもらいました。すると2割の先生方から好意的な返信が来ました。そしてさらに1割くらいの先生方が、ちょっとした提案を僕に投げかけてくれました。その提案に対して想像以上のものを返す。すると、「あの副校長、何やらすごいらしいぞ」と噂が広がり、最近は進路指導とかアントレプレナーシップとか、先生の専門教科以外のことで、僕に相談してくれるようになりました。次第に、悩みや葛藤、何かしらの疑問を持っていた人が僕を頼ってくれるようにもなり、僕と先生たちとの間に助け合う、という雰囲気が築かれてきたと感じています。
-「学校の先生には、社会経験がなさすぎる」という批判についてどう思いますか?
それは、おそらく先生たちも自覚していると思います。でも、実際に学校にいたら社会と関わる時間なんてないと改めて感じました。多くの先生方は、他校の先生とは部活動や教科を通じて知り合うことはあるけれど、教育界外の人とはあまり接点がないのです。ここで僕の出番です。僕の知り合いを連れてくるときは、必ず先生たちと話をしてもらうことにしています。僕を介して先生たちに新しい人脈を作ることで、ほかの学校の先生たちにはない選択肢を持つことができます。この人脈は、僕が水海道一高を離れた後にも活きると思います。
“スーパークリエーティブハイスクール”を目指し
進化し続ける学校へ
-任期は4年ですが、4年後のゴールについて教えてください
理想は『先生も、生徒も、自走できる状態』です。僕が何もしなくても、生徒たちから『やりたい』が勝手に芽生え、先生たちがそれをぐんぐん伸ばせる状態にしたい。そして、どこの学校よりもクリエーティブなことをする学校として、選ばれる学校にしたいですね。文部科学省が認定しているSSH(スーパーサイエンスハイスクール)があるなら、SCH(スーパークリエーティブハイスクール)を自称して、『クリエーティブなら水海道一高』と言われるような学校にしたいです。この肩書きが浸透すれば、先生たちもクリエーティブな授業をしているかを常に意識して取り組むでしょうし。そうすれば、水海道一高は、進化し続ける学校になるでしょう。
-最後に、福田さんご自身の未来についてお聞かせください
正直4年後の自分はまったくわかりません。でも、『そこそこいい人生だった』と守りの人生を歩むのではなく、新しい挑戦ができたことは、僕としてもとても大きなことでした。人として最も大きく成長する中学生、高校生と一緒にいるのは素直に楽しいですし、変化に富んだ毎日を過ごせています。僕はきっと、この4年間で教育の虜になると思います。ここを離れるときは、また別の方法で教育にかかわっていたいですね。
取材を終えて-4年後の姿が楽しみ
「体力的には辛いけれど、今は、心がすごく健康」と話す福田副校長。就任してから4ヵ月が立ち、笑顔が多くなった、と言われるそうです。取材中、「〇〇ができたら面白いですよね」とアイディアがあふれ出す姿に、敏腕クリエーティブ・ディレクターの一面を垣間見ることができ、福田副校長の元で“楽しい”にあふれた学校生活を送る中・高校生がうらやましく思いました。4年後、SCHとしての同校の姿を楽しみにしています。
写真:福田崇さん提供、eduJUMP!編集部
構成:eduJUMP!編集部
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